2011/9/13 火曜日

追悼

Filed under: 未分類 — mikkaichi @ 8:59:57

今年は、多くの人が亡くなり、1945年終戦の年に思いを馳せます。身内の不幸で1930年〜50年ごろの系譜をいろいろ調べていますが、清水の田舎にも大正ロマンや戦前の栄華が存在し、「豊かな土壌の満州国で豊かに暮らそう」といったスローガンがあったことがよくわかりました。今のいろいろな会社の創成期や海外チャレンジの先人達のことはもっと報道されていいでしょう。映画「上海」やなかにし礼の「赤い月」もしくは、漫画家赤塚不二雄自伝などに戦前の日本が描かれています。

サッカー界でも「松田直樹」という現役のDFが34歳の若さで急逝しました。スローインの代わりにキックインで行ったU17W杯日本開催で初めてみかけ、あのアトランタの奇跡で マイアミ、オーランドに彼はピッチに立っていました。横浜マリノスでは敵ながらクレバーな守備をするやっかいな存在で、トルシェジャパンではフラット3の具現者でした。フランス合宿で監督になじられ本当に帰国した事実を知ったときは、なんとエキセントリックな性格と思いましたが、実は小心者だったと聞いて納得です。日本サッカー高度成長期の要でした。

勇気の守護神真田雅則(43歳)。清商時代、清水東や東海一の後塵を拝し、3位のチームが全国大会出場と揶揄されながら見事に優勝。順大〜全日空で代表召集もされ、清水エスパルス発足では3烏ともどもGKとして帰還してくれました。レオン監督に酷評され、最強の刺客シジマールの控えに回るも腐ることなく、実力でポジション奪回し96ナビスコ、99セカンドステージそして天皇杯、アジア・カップ・ウィナーズカップでゴールマウスを守るのはいつも彼でした。宿敵ベルディーをPK戦で破った伝説のナビスコ決勝は延長3-3という試合内容もさることながら、アウェーのエスパサイドでPK線を実施したモットラム主審、サポーターにPK戦前にこぶしをあげる真田のしぐさなど、まるで映画のワンシーンのように美しいものです。

そして半年前に起きた未曾有の東日本大震災と福島第1原発爆発事故。多くの方が亡くなり、行方不明になり、そして今も健康被害にあってます。今回ほど自衛隊が心強いと思うことはなかったでしょう。エコパにも浜松基地からPRに来ていましたが、あのハマーに乗れば自衛官になりたい子もいるでしょう。散々なダービーでしたが、ユングべりの雄姿ともどもエコパでの収穫です。

そして震災の影響か近隣で急に泉がわきました。富士山のパナジウム天然水でしょうが、何かの予兆かも知れません。また池に戻すべきでしょう。

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真田二世の碓井がGKとしてナビスコで活躍することが何よりの供養です。がんばれゴドビ・エスパルス

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