2006/12/20 水曜日

決戦

Filed under: 日々雑感 — test @ 14:36:31
    これは縮小画像ですクリックして O氏の回顧より本選挙のくだりです。

    ヨー ロッパの理事は演説と質疑応答の内容で問うと伝えてきたのでん最善の準備をした。アジアでのポリオ根絶やSARS対策などを自身の役割を伝えることが出来 た。演説では候補者の中でWHOについて一番長い経験を有し、ヴィジョン、過去の実績について具体的に述べ、無事に終了した。この時点で日本代表団も強く 勝利を確信した。

    本選挙第1回投票は、1位中国10票、2位日本9票、3位メキシコ6票、4位スペイン5票、5位クウェート4票で、5 位がはずれた。中近東票のクウェートは日本へ流れるものと思われたが、メキシコへ流れた。中国11票メキシコ10票日本9票のままで、想定外のことが起き た。実は、中近東はアメリカとつながり、メキシコを支持するシナリオがあったのだ。
    それでもスペインのヨーロッパ票4が日本へ来ると踏んでいた。日本と中国の選択を考えれば当然の期待だった。
    そして運命の第3回投票でよもやのスペイン4票が中国に廻る事態で雌雄を喫した。3位となり脱落した。

    武見厚生労働副大臣、浅野外務副大臣ら日本代表団の残念会となってしまった。

    結局中国の Dr. Margaret Chan女史がWHO本部事務局長になった次第である。

    私 の感想=すさまじい選挙をO氏は立派に戦いぬいたが、最後は中国の政治力にしてやられた感が強い。FIFA02W杯誘致で瀬戸際で韓国との共催を選択した 事件が思い浮かんだ。長沼健日本サッカー協会会長の世界行脚の旅もそうだったが、O氏の行動力たるやすごいものがあると感心した。一度、大学の特別講演を 拝聴したが、こういった人が「世界人」なのだろう。次を狙うか、日本の保健行政のトップを目指すのかわからないが、今後も世界の衛生保健のために尽力して いただきたい。

    もう一度、講義を受けたいDrである。 終わり
    (来年自己分析に触れます。世界の中の日本が垣間見えます)

2006/12/19 火曜日

グローバルキャンペーン

Filed under: 日々雑感 — test @ 14:35:31
    これは縮小画像ですクリックして 出陣後、すぐに支持要請のために全世界34の執行理事国への歴訪が始まった。アフリカの票が重要と読んだので、グローバルキャンペーンはアフリカ大陸から 始まった。ギャンビアで気温40度トイレも満足にないところへ数分時間をもらうために丸2日過ごした。南米ボリビアの首都ラパス(ブラジル迎撃で有名な高 地)4200mには日本大使館の方が酸素ボンベを用意して出迎えてくれた。中近東アフガニスタンに於いては防弾チョッキ着用してキャンペーンとなった。イ ラク入国は叶わず、隣国ヨルダンで保健大臣と会見した。ワシントンではアメリカ合衆国保健省長官、国務省幹部と面会し,いい感触だった。そして17年間共 に働いたアジア諸国を最後に訪問して5ヶ月のキャンペーンは終了した。
    7月25日パリで中国政府がDr.Margaret Chanを正式に擁立したことを知った。やはり中国は私の今までの中国への貢献よりは、日中両国の困難な政治、外交的関係のほうが重要であったことを痛感させられた。

    そして11月選挙へと突入する。

    ア フリカを中心に発展途上国に対し影響力を強めている中国を最大のライバルと考えていたが、僅差の勝利を読んでいた。シンガポールをはじめアジアの大多数は 日本支持を早期表明してくれたこと,中近東も公式に日本支持いたこと、ヨーロッパも中国と日本ではいくつかは日本支持に回りそうなこと、南米も支持表明し てくれる国があいいたことなど。アフリカから1票も取れなくても僅少差で勝てると踏んでいた。アメリカは当初からメキシコに投票すると分かっていた。
    こうして11人の候補から予備選が始まる。
    中国1位、日本2位、メキシコ3位、スペイン4位、クウェート5位で予備選はおわり5人から選ばれることが決まった・・・・・続く。

    >なんとも生臭い選挙の内側ですが、ここを勝たなくてはいけない国際社会をしっかり認識しなければいけません。写真は本文に関係なくバルサを破ったインテル表彰式です。なんかビッククラブに勝つ勇気を貰えます!!!!

2006/11/6 月曜日

重なる

Filed under: サッカー, 日々雑感 — test @ 14:39:12
    これは縮小画像ですクリックして 既に15年めとなった静岡大道芸ワールドカップが駿府城など静岡・清水で大々的に行われていました。何万と言う人が世界中の大道芸人・路上パフォーマに熱心に見入っていました。
    当初は寂しいものでしたが、すごい盛り上がりです。世界的に有名なパフォーマーも多数出演です。

    さてこの11.5には草薙でプロ野球パ・リーグ東西対抗(今年で終わり)、日本平で天皇杯4回戦とイベントが重なりもったいない状況です。

    で日本平には「栃木」SCが登場しました。
    私も計11年過ごしました。1980年台前半と1990年台後半です。

    栃木グリーンスタジアムという専用球場があるのでいずれ・とは思っていましたが、JFLでも頑張っています。甲府、横浜FCそして最近では草津、徳島、愛媛らに続くでしょう。
    ロッソ熊本や岐阜FCがライバルでしょう。

    さて肝心の試合は前半0-0そして終わってみると

    清水6-4栃木

    でした。何が起こったのか?  わかりません。
    しかしカップ戦はこういった現象が起きるので気が抜けません。今年もファイナリストになれる保障はゼロです。

2006/10/27 金曜日

祝北海道日本ハム日本一

Filed under: 日々雑感 — test @ 15:01:41

おめでとうございます。
北海道、札幌の皆様。

コンサドーレは2部のままで盛り上がらないと思っていたら野球で日本一です。
視聴率16%でもいいじゃないですか。北海道では33%と地域密着ですね。。

千葉、福岡もJリーグ並にホームになってきました。札幌もそうなったと言うことでしょう!

幼馴染の元日ハム選手のラジオ解説。よかったですが・・・身内びいきがすこし強引すぎるのでは?哲ちゃん。これも44年ぶりSHINJO引退セレモニーといえば別に驚くことでもないか。

よかったね、広瀬哲朗 元日ハムキャプテン。

2006/10/11 水曜日

西武敗退

Filed under: 日々雑感 — test @ 14:59:59
    これは縮小画像ですクリックして 最近とんと観なくなった野球ですが、WBC以来の注目のパリーグ・プレーオフは面白いです。
    松坂の好投でこのままいくかと思われた西武は福岡の4番松中の復調の前に連敗し、シーズンを終えました。
    松坂はポスティングを利用してニューヨークへ行くべきでしょう。しかし大リーグ行ったほうが日本のBSでよく観るようになるのは皮肉です。

    サッカー化してますね。

    福岡-札幌はどうなるのでしょうか?
    新庄か王監督か

    西武伊東勤監督、清水長谷川健太監督
    青年知将ですが、二人とも年下である事実が多少ショックです(^0^)。

2006/9/24 日曜日

旧交と成長

Filed under: サッカー, 日々雑感 — test @ 15:10:37
    これは縮小画像ですクリックして 埼スタ 浦和1-0清水
    残念な敗戦でしたが、内容は悪くなく、次節そして来季に期待が持てます。来年はこの赤いスタジアムを沈黙させましょう。

    さて30年ぶりに同窓生と合うとどうもピンと来ません。そうなったか、とか、どうして?
    また欠席者裁判のように出席しないと何を言われるかわかりません。中学時代の面影を残しながらそれぞれ成長し、ある分野では特異性を発揮しています。もちろん家庭でも。

    さて同じ業種のメディカル、スィーツの巨匠、キャビンアテンダントなど色々な職種でそれなりの地位を築き上げた同窓生に、まずは乾杯です。

    中にはどうしても思い出せない人もいるのですが。

    写真は日本がオーストラリアに1-3で敗北したカイザースラウテルンのフリッツ・ワグナースタジアム前の「ベルン」の奇跡のメンバーです。
    このわずか人口10万足らずの街から西ドイツ代表5人を輩出したのは驚きです。

    日本の地方都市でも十分Jに参戦してタイトル奪取できます。

2006/9/8 金曜日

その4

Filed under: サッカー, 日々雑感 — test @ 15:08:20

以上踏まえて

アウェーには上下ブルー
アズーリと言われる
清水のブルーを第2ユニフォームとして
採用していただきたい

(随分前にもチームに要請しましたが)

2006/9/7 木曜日

その3

Filed under: サッカー, 日々雑感 — test @ 15:06:13

特に優勝祝賀会はなく質実剛健の時代であった。
ちなみにこの話は昭和50年代、1980年前後である。

三羽カラスが3年次、スパールーキー「武田」を迎え入れ連覇を目指したが、決勝で帝京の前田のカウンターに涙を飲んだ。

この勝澤先生の思いは今や「清水エスパルス」が果たしてくれます。教え子の「健太監督」には勝澤イズムが十分浸透しています。

清水東対浦和南に熱狂した時代から20年、今や清水エスパルス対浦和レッズとして毎年楽しめます。

最後に先生の思いの文を
「サッカーは格闘技」の本来の精神は、単に相手に勝つことではなく、自分との戦いに勝って自分を厳しく鍛えることこそ、本当の強さ、チーム愛、母校(母国)愛が生まれてくることを今回のドイツW杯での日本の敗戦から痛感した。

清水東の主な戦士(所属)
健太、巧、克己、斉藤、山西(清水)、武田(読売)、西澤(セ大阪)、相馬(鹿島)そして高原(フランクフルト)、新生日本のいずれ星に成る内田篤人(残念ながら鹿島今季入団)

まあ、高校はどこであれ清水エスパルスに愛を持つ選手を私は支持します。

勝澤先生におけれましては、ますますお元気で日本平での熱い視線をJリーグに向けていただくことを願って止みません。

2006/9/6 水曜日

その2

Filed under: サッカー, 日々雑感 — test @ 15:04:45

勝澤要 元清水東サッカー部感得体育教師
生徒の知らない話・あれこれ
『サッカーは格闘技』

清 高サッカー部は出場3度目で『打倒関東』の目標を突破し悲願の全国高校サッカー選手権優勝した。欧州遠征(ここでオランダのハンス・オフトとのパイプがで きる)から得た教訓は『サッカーとは格闘技だ』ということだった。体を張ってゴールを守りそしてゴールを奪うその激しさに、日本サッカーはぬるま湯に浸っ ているもどかしさがあった。清高は、初出場は大阪の長居で帝京に破れ準優勝、二度目は東京国立で夏のインターハイとあわせ夏冬二冠を目指したが、関東の 槍、古河一高に破れ準優勝(沢入、反町 二年生。そもそも三年生は受験のため引退)=生観戦(^0^)。
三度目の出場をかけた県大会の決勝の相手 は東海大一(後に沢登、ベレーザらが全国制覇)、終了3秒前に哲也の40mのロングシュートが決まり土壇場で同点、そして延長で大榎のボレーで逆転勝ち! =何故か研修病院休日オンコールにも関わらず生観戦。いよいよ『東伐』へ。関東征伐を意味するこの言葉どおり、浦和南、帝京、八千代など関東勢が優位だっ た。
そして決勝まで無失点で勝ち進み、特に準決勝の1-0で帝京を沈め1月8日韮崎(山梨)とあいまみえた。4-1で青島のハットトリックなどで快勝。
ちなみにこの試合も当然生観戦だったが、なんと満員札止めでOB席になんとかたどり着いたのが、昨日のことのように思い出される(私)。学年別に席を取ったので臨時同窓会となった(大学4年)。
この試合でも主力は2年生の三羽カラス(健太、巧、克己)であった。
観衆発表は6万6千人とその後の高校選手権の人気の魁となり、そのまま日本代表の昇華へとつながった。

こうして9年続いた関東の王座を引きずり下ろし『打倒関東』を達成した。清高、清水市民の大応援団と歌った校歌は忘れない。そして翌日清水駅に降り立った時に数千の市民の温かい歓迎を受けた時にうれしくて泣けた。

選手達には過酷な追試のスケジュールが待ち受けていた。赤点だらけで「赤き血のイレブン」と揶揄されたが、全員及第となり今のJリーグを支える選手達が育った。

2006/9/5 火曜日

勝沢要 その1

Filed under: サッカー, 日々雑感 — test @ 15:03:45

例年募金している母校の会報より。
リアルタイムで体験した清水東サッカーの快進撃。登場人物には長澤まさみパパ。 北京五輪監督反町。そして清水三羽烏=清水エスパ監督長谷川健太、早稲田監督大榎克己、巧みなプレーの堀池巧そして脅威のルーキーと言われた武田ノブヒロ (ゴン中山の藤枝東と双璧)などなどです。

望月哲也もプロにはなりませんでしたが、印象深い選手でした。青島、沢入など個性的で後に指導者になる選手がいっぱいいました。

ヴァンフォーレ甲府の大木武は全国と無縁でしたが・・・(我々の時代は清商の風間ヤヒロが圧倒してました)。では本文は明日

まあ寄付金スポンサーということで掲載容赦を

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